Kousuke KUTO (Waseda Univ.)
久藤 衡介 研究室 (早稲田大学 基幹理工学部 応用数理学科) |
研究分野 : 非線形解析学, 微分方程式, 応用数学

大学院生の頃より, 生物学や工学の数理モデルに現れる微分方程式の研究をしています. 研究においては, 「個々のモデルに関連する非線形現象のメカニズムを数学的に説明しながら, 微分方程式に対する新たな解析処方を提示すること」を目標にしています. 最近は, 非線形拡散を伴う偏微分方程式系に対する研究に力を入れています.
研究に関するキーワード
現象の数理, 反応拡散系, 楕円型偏微分方程式, パターン形成, 分岐理論, 写像度, 交差拡散, 移流
交差拡散項を伴う偏微分方程式 (数理生物学モデル)
ある地域で, 2種の生物(or 人間の組織)が縄張り争いをしているとしましょう. このとき, 時間が経った後に「どちらの生物(or 組織)が生き残るのか?」 とか 「両者が棲み分けをして共存できるのか?」 といった疑問を投げかけたくなります(当事者にとっては死活問題). このような疑問に数学的に答えるには, 生物や組織のせめぎ合いや空間的な散らばり(移動)の仕組みを方程式で表わすことが第1歩となります. この作業のことを「モデル化」と言いますが, 上記のような縄張り争いでは, 「反応拡散系」と呼ばれるタイプの偏微分方程式でモデル化されます. この方程式の解の振る舞いが分かれば, 縄張り争いをする生物や組織員の数の変化が, あらゆる場所で時々刻々と予測できることになります.
ここで登場する反応拡散系は文字通り「反応項」と「拡散項」と呼ばれる部分から成り, 生物や組織の競争相手とのせめぎ合いは反応項で記述され, 空間的な散らばりは拡散項で記述されます. 生物の個体群密度のみならず, 鉄板の温度(熱)や水溶液の濃度が拡散していく様子は, ラプラシアンと呼ばれる線形の微分作用素でモデル化するのが伝統的です. ただ, 2種類の生物(組織)が縄張り争いをしている状況では, 生物種の空間的移動が, 自種のみならず他種の生物の個体数密度にも依存すると考える方が自然です. このような生物の競争相手に依存した散らばり(移動)は, 交差拡散項 (cross-diffusion) と呼ばれる非線形な拡散項を使ってモデル化されます.
交差拡散項を伴う縄張り争いモデルは, 数理生物学者の重定, 川崎, 寺本によって提唱された「SKTモデル」に端を発します. (Shigesada. et al., Journal of Theoretical Biology, 79, 1979) その提唱以来, SKTモデル対しては, わが国がリードする形で研究が進められ, 競合種の棲み分けを再現する解の基本的なメカニズムが提示されつつあります. 一方で, 交差拡散系は, 従来の線形拡散系と比べると, 偏微分方程式論の伝統的手法が通用しないケースも多く, 更なる研究成果が待たれる状況でもあります.
そこで, 本研究室では「交差拡散項が, 解のなす時空的ダイナミクスにどのような効果をもたらすか?」という観点から, SKTモデルを理論的に解析をしています. とりわけ, 「定常解の集合がなす分岐構造」 および 「時間発展問題の解の時間大域的な挙動」 の解明に興味を持ち続けています. 偏微分方程式論, 関数解析学, 非線型解析学などを駆使して, 自分の手で計算する方法がメインですが, ときには, 分岐解析ソフトなどを用いた数値シミュレーションを実施し, 解の挙動を予想する際に役立てたりします. SKTモデルの解析を通じて, 生物の縄張り争いのメカニズムを数学的に説明することも大切ですが, 非線型拡散に対する汎用的な数学処方を見出すことに研究の主眼を置いています.
移流項を伴う反応拡散方程式 (表面科学モデル)
自動車の排気フィルターには白金が使われています. これは, 自動車の排気ガスに含まれる一酸化炭素が白金に吸着する性質があるからです. 白金表面に吸着した一酸化炭素は, 白金を触媒として酸化し, 二酸化炭素となって白金表面から空気中に離脱します. この化学プロセスによって, フィルターに塗られた白金が, 排気ガス中の一酸化炭素の酸化に一躍を担っているわけです (二酸化炭素も地球温暖化の原因ですが). ところで, 一酸化炭素分子は白金表面上でどのように運動しているのでしょうか? 分子レベルの運動ですから、先入観抜きでは 「どうせ, 無秩序(テンデンバラバラ)に動いているに違いない」と答えたくなるかもしれません. ところが, 1980年代に電子顕微鏡の観測方法が開発されると, 実は, 一酸化炭素などの分子が, 白金表面上で規則正しく運動する様子が明らかになりました (この観測方法の功績などによって, Gelhart Ertl 氏は, 2007年にノーベル化学賞を受賞されました). 白金表面上で分子密度のなす時空的な変化は, 時として, 渦巻き、縞, 的などの幾何学模様を呈します. 一般に, こういった模様は「パターン」と呼ばれますが, 分子運動のパターン形成のメカニズムは解明されていません.
そこで, Hildebrand らは, 白金表面上の各点で時々刻々変化する分子密度と表面の状態を, 反応拡散方程式でモデル化することを試みました (Hildebrand モデル). 本研究室では, この Hildebrand モデルの数学的研究を行っています. このモデルは, 分子の化学反応などを記述する反応項, 混雑を避けて散らばる性質を記述する拡散項に加えて, 表面の反応活性が高い場所へ分子が密集する傾向を記述する「移流項」から成ります. 前述の交差拡散と同様に, 移流項に対しても従来の解析方法では太刀打ちできないことが多く, それだけに魅力的な問題です.
最近, 私と辻川亨氏 (宮崎大学工学部) の共同研究によって, 空間1次元に単純化されたある種の近似問題では, 時間的に変化しない定常パターンの数理構造 (分岐ダイヤグラム) を掴むことできました. ここで数学的に得られた解は, 「遷移層」と呼ばれる短い区間で急激に増加する関数であったり, 「スパイク」と呼ばれる針状に尖った関数であったりと, Hildebrand モデルの定常パターンの豊富さを物語っています. さらに, 近似問題の係数パラメーターと解の遷移層ができる場所の関係が, 2003年に発表された Hildebrand, Ipsen, Mikhailov, Ertl による数値シミュレーションを理論的に裏付けています.